「デジタルサイネージジャパン2018」に出展。

6月13日(水)から15日(金)まで、幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催されるデジタルサイネージの専門展示会「デジタルサイネージジャパン 2018」に出展します。
高精細 8Kディスプレイや、AIoTの活用により音声対話を可能としたサイネージなど、最新技術やソリューションを紹介します。(ニュースリリースから転載です)
時間があれば千葉幕張まで出かけてみては如何でしょうか?

会場内、ブースのイメージ図

■ 主な出展内容

1.高精細 8Kディスプレイ
70V型インフォメーションディスプレイ<PN-V701>を16台(縦4台×横4台)組み合せて8K相当の解像度を実現したマルチディスプレイを展示します。280V型相当の大画面(縦:約3.5m×横:約6.1m)を活かした「8Kパブリックビューイング」サイネージとして提案します。ブースでは、業務用8Kカムコーダー<8C-B60A>で撮影した映像を16面マルチディスプレイにライブ中継するデモンストレーションもご覧いただけます。

2.AIoTを活用した「音声対話」とサイネージの連携(参考出展)
AIoTクラウドを使った音声対話技術とサイネージを連携させた「音声対話サイネージ」を参考出展します。問いかけに応答し、道案内やお勧め店舗・イベント情報の紹介※1をすることなども可能です。

3.透明※2NFC※3(近距離無線通信)アンテナ搭載ディスプレイ
スマートフォンなどのNFC対応機器やICカードをディスプレイにかざすだけで決済や認証ができる、直感的な操作を体験いただけます。

4.コンテンツ編集・配信ソリューション
デジタルサイネージのコンテンツ編集・配信管理ソフト「e-Signage S」のほか、コンテンツの制作から配信までを当社が請け負うBPO※4サービスなどを紹介します。

■ 出展場所:幕張メッセ(国際展示場)8ホール 8L14

「デジタルサイネージジャパン 2018」について
https://www.f2ff.jp/dsj/
当社の関連製品、サービスに関する情報は以下のウェブサイトでもご覧いただけます。
http://www.sharp.co.jp/business/

シャープ戴社長「2019年度まで続投」会長も兼務

2018/5/11 19:44  日本経済新聞 電子版より

 シャープの戴正呉社長が現在の中期計画が完了する2020年3月期まで社長に留任することが11日明らかになった。社員向けに同日「将来に向け、中期経営計画後の新たな社長の育成・選出に取り組んでいく」としたメッセージを送った。戴社長はかねて東証1部復帰後の退任を示唆してきた。翻意の裏に明確な後任候補の不在と、経営環境の急激な変化がある。

 

 

戴正呉 シャープ社長

 

シャープは同日、戴社長が6月20日付で会長を兼務する人事もあわせて発表した。
戴社長はシャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入った16年8月に就任した。抜本的な構造改革で業績をV字回復させ、17年12月には自身の社長退任のメドとしてきた東証1部への復帰も果たした。この際には「社長を退任したい気持ちは変わらないが、19年3月期以降の経営体制は取締役会と株主総会に判断を委ねる」と進退は保留していた。
今年1月からは経営を共同CEO(最高経営責任者)制に移行し、自身に集中していた決裁権限などを野村勝明副社長ら3人にも委譲。次期社長の候補者を育成する仕組みも構築したが、まだ道は半ばだ。
部材調達や販売面で親会社の鴻海との連携も深まるが、取引でシャープが不利な条件を被らないのは鴻海グループの副総裁でもある戴社長の存在が大きい。「戴社長に代わる人材はいない」。幹部らは口をそろえる。
経営環境も変化している。18年3月期の最終利益は予想を達成したが、米アップル向けの電子デバイスの落ち込みなどが響き、売上高は2兆4272億円と予想を800億円超、下回った。
戴社長が「必達目標」と語る中計の最終年度である20年3月期に掲げる売上高目標は3兆2500億円。2年で8千億円以上を積み増す必要がある。成長の核に据える高精細映像技術「8K」や人工知能(AI)といった分野の収益化もまだ途上にある。
「中期経営計画達成に改めて強い責任を感じており、より一層の努力を積み重ねていきたい」。戴社長は社員へのメッセージにこう記した。社長留任の腹を固めた戴氏は、やや高めの目標である中計の達成に向けた具体策が問われる。

「中期計画2年目のスタート」に向けて 戴社長がメッセージ

シャープの代表取締役社長である戴正呉氏は2月26日、社内イントラネットを通じて、社員に向けてメッセージを発信した。これまでにも社長就任以来、月1回のペースで配信してきたが、今回は2018年に入って最初のメッセージとなった。

「中期経営計画2年目のスタートに向けて」と題した今回のメッセージでは、

「昨年末以降、中国や台湾などへの出張が続き、その後旧正月を終え、ようやく今年初めて日本に戻ってきた。こうした事情から、前回の社長メッセージからしばらく時間が空いてしまったが、本日、2018年最初のメッセージを発信する」とし、2018年に入ってからの2カ月間を総括する内容も盛り込まれた。
だが、最初に触れたのは、業績についてだ。「2017年度第3四半期までは、売上げ、利益ともに順調に推移してきたが、第4四半期に入ってからは、市場環境の変化などを背景に、厳しい状況が続いている。今年度も残すところ約1カ月となったが、全員がいま一度、気を引き締め、対外公表値の達成に向け、全力で取り組んでほしい」と、手綱を締めるところからメッセージは始まった。
戴社長らしい切り出し方だといえよう。
続いて「4月からは、中期経営計画2年目がスタートする。そこで、このメッセージでは、中期経営計画の完遂に向け、私たちが持たなくてはならない心構えと、2018年度に重点的に取り組むべき課題、『事業ビジョンの具現化』と『飛躍的な売上拡大』について話す」と、今回のメッセージの主旨を示した。

「中期経営計画完遂に向けた心構え」

「中期経営計画完遂に向けた心構え」として、戴社長はあるミーティングで、「飛躍的な事業拡大を果たしていくためには“Game Changer”にならなくてはならない」という話を聞いたことに触れ、「当社の100年を超える歴史を振り返ると、当社は“真似される商品をつくれ”という早川徳次創業者の精神のもと、国産第1号の鉱石ラジオや国産第1号のテレビ、国内初の量産電子レンジ、世界初のオールトランジスタ電卓、世界初の液晶表示電卓、世界初の14型TFTカラー液晶ディスプレイ、液晶ビューカム、カメラ付き携帯電話、液晶テレビなど、人々の生活を変える画期的な商品を数多く生み出してきた。こうした商品には、次々と競合他社が追随してきたが、これは、当社が競争ルールそのものを変え、競争のステージを自らの土俵に持ち込み、そして主導権を握る“Game Changer”であったからだと言える。これこそが、シャープの伝統であり、原点“Be Original.”である」と断言した。
しかし「直近でも、AQUOS 8Kなど、注目される商品を生み出しているが、これで当社が“Game Changer”であると言えるだろうか。皆さんも自らを振り返っていただきたいが、私は決して満足していない。中期経営計画では、次の100年に向けたトランスフォーメーションの実現、『8KとAIoTで世界を変える』と宣言しているが、これは当社が再び“Game Changer”になるという宣言でもある」と厳しい口調で語り、「8Kエコシステムでは、AQUOS 8Kや8Kカムコーダーといった個別商品に留まらず、放送や医療など、バリューチェーン全体で、これまでにない大きなゲームチェンジを目指していく。自社での研究開発の強化だけでなく、幅広いパートナーとの連携を加速し、事業化につなげていくことが極めて重要になる。8Kエコシステムと同様に、AIoTやさまざまな事業分野で、ゲームチェンジに挑戦していただきたい」と期待した。

IoT事業本部を新設しシャープ製品のAIoT化を加速

事業ビジョンである「8KとAIoTで世界を変える」の具現化については、8KエコシステムとAIoTに分けて言及した。
8Kエコシステムでは、米ラスベガスで開催されたCES 2018に、2015年以来、3年ぶりに出展し、米国の取引先やメディアに「8Kエコシステム」の取り組みを紹介したことに触れ、「世界最大の市場である米国は、私たちが8Kエコシステムを構築し、グローバルで8K市場を牽引していくうえで、極めて重要な国のひとつである。4月に米ラスベガスで開催されるNAB 2018にも出展するなど、さまざまな機会をとらえて、積極的に8Kエコシステムの取り組みをアピールする」と語った。
また、1月25日には、プロサッカークラブ「セレッソ大阪」とのスポンサー契約締結を発表し、「ヤンマースタジアム長居」および公園内へのシャープロゴの掲出や、セレッソ大阪と連携したプロモーション活動の展開、各施設への8K関連製品の導入を進め、「多くの方々に8Kの素晴らしさを体験していただきたいと考えている」と述べた。
さらに、2月11日に、台湾で開催した鴻海グループの忘年会についても説明。「会場には、CEATECでの展示規模を上回るほどの大きなシャープブースを設け、出席した3万5000人以上の鴻海グループの社員とその家族、さらには約200人のメディア関係者に、8KやAIoTに関するさまざまな商品を体験してもらった」とし、「なかでも、8Kディスプレイつなぎ合わせて作った26メートルの巨大スクリーンに、台湾の故宮博物院が所蔵している『清明上河図』を完全再現した。この展示が、『まるで本物のようだ』と言われ、非常に大きな注目を浴びた。こうした取り組みを足掛かりに、美術や芸術の分野における8K技術の活用を進め、将来的には、全世界に8K博物館を展開していきたいと考えている」とした。
一方で、AIoTについては、CES 2018において、AIやIoT、5G、AR、VR、スマートシティに関する展示が活況であり、各社がしのぎを削って新たな提案を行っていたことに触れ、「このような激しいグローバル競争のなかで、当社が競争優位を構築していくためには、事業間の連携を一層強化し、幅広い事業領域を持つ当社の強みを最大化するとともに、世の中の技術やサービスの進化を的確に捉え、外部の機器メーカーやサービス事業者と幅広く連携することが肝要である」と前置きし、「こうした狙いのもと、1月1日付けで、IoT事業本部を新設した。今後はIoT事業本部が中心となり、シャープ製品のAIoT化の加速や、AIoTサービスプラットフォームの早期確立に取り組むとともに、外部リソースとの協業を積極的に展開することを期待している」と語った。

鴻海グループの忘年会ではCEATECでの展示規模を上回るほどの
大きなシャープブースが設けられた。

また、1月20日に「工業インターネット(Industry 4.0)」、「スマートファクトリー」、「COCORO+サービス」をテーマに、2月24日には「AI」をテーマに、それぞれ勉強会を開催したことを紹介。

「今後もこうした取り組みを積み重ね、社員のみなさんの知識の底上げを図り、AIoTの取り組みを活性化していきたい」と述べるとともに、「AIoT戦略の成功の鍵は、社内の連携、すなわち“One SHARP”の実践と、外部リソースの活用である。これからも全社一丸となって、『人に寄り添うIoT』の早期実現を果たしていこう」と呼びかけた。
従来の延長線上にない新しい取り組みを実行する

最後のテーマとした「飛躍的な売上拡大」では、

2018年度の業績目標について触れ「2018年度は2017年度通期業績予想と比べて、売上高で約15%増、3800億円もの大幅な拡大を目指している。しかし、市場環境はより一層厳しくなってきており、この目標を達成するためには、他社との協業など、従来の延長線上にない新しい取り組みを、矢継ぎ早に実行していかなくてはならない」とし、「こうしたなか、最も重要な取り組みのひとつが、鴻海グループとの連携の深化であり、1月8日から3日間に渡って、中国・深センで開催した事業拡大会議を皮切りに、シャープの各事業本部長と鴻海グループの責任者が、さまざまな観点からさらなる連携強化について協議を重ねている」と報告。ここでは、開発強化として、鴻海グループとの技術交流会を継続開催したり、8Kや5Gなど、両社が持つ最先端技術を融合した新たな商品の開発を加速したりといった例を紹介。また、販売拡大では、中国における鴻海グループの販売網を活用し、売上げの大幅伸長を達成したテレビ事業での協業モデルを、白物家電や通信分野でも展開していくことを示した。さらに、ビジネスモデルの連携では、鴻海グループの子会社であるFITと、車載カメラ事業における合弁会社設立を決定したことを紹介した。
「こうした取り組みを、一刻も早く具体化し、事業拡大につなげてくれることを期待している」と述べた。
そのほか、「従来から進めてきたASEAN事業の拡大に向けた取り組みも一層強化しており、1月7日にはASEAN営業拡大会議を、2月2日にはASEAN宣伝・プロモーション関係者交流会議をそれぞれ開催し、事業拡大策の具体化を進めてきた」としたのに加え、「下期以降、これまでにない積極的な姿勢で、ASEAN各国におけるPR活動を立て続けに行ってきた。さらに、1月26日と2月6日にタイでディーラー大会を、2月8日にインドネシアで新製品発表会を開催するなど、そのスピードを一段と加速している」と述べ、「飛躍的な売上拡大を実現するためには、事業の軸足を日本から海外へと移していかなくてはならない。中国やASEANのみならず、今後は欧州や米州における事業拡大にも積極的に取り組む。グローバルでビジネスを拡大していこう」と述べた。
メッセージの最後に戴社長は、「みなさんの努力のお陰で、2017年度は業績の大幅な回復を実現できる見通しにあるが、こうしたなかで私は、みなさんの心の中に気の緩みが生まれているのではないか、と非常に強く危惧している。当社は、依然として再生の途上にあり、中期経営計画を完遂してこそ、真の再生が成し遂げられるということを改めて認識していただきたい。今日のメッセージを、みなさん一人ひとりが肝に銘じ、2017年度の着地と、2018年度の飛躍に全力を尽くしてほしい」と締めくくった。

           CES 2018のシャープブース

(この記事は、三重地区だよりVol.93より転載したものです)

シャープ・鴻海、車載カメラで合弁 技術と生産力融合

2018.2.24 日経電子版から抜粋

シャープと親会社の台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は
 車載カメラ事業で合弁会社を設立する。

鴻海子会社と共同出資で約30億円を投じ、車載カメラや電子ミラーの開発、製造から販売までをグループ一体で担う。車の電装化が進むなか、シャープの技術力と鴻海の量産技術や販路を掛け合わせ、世界の自動車大手への納入拡大を目指す。
出資比率は鴻海51%、シャープ49%。シャープは車載カメラの開発や設計を手掛けており、世界最大の電子機器の受託製造サービス(EMS)である鴻海のノウハウで量産体制を整える。鴻海がもつ中国、台湾、北米などの販路も生かす。
車の電装化や自動運転の需要拡大に対応する。シャープは高精細な8Kの分野に力を入れ、対応のテレビや業務用のカメラを手掛けている。将来は8K車載カメラの開発を目指す。
シャープは2019年度を最終年度とする中期経営計画で車載カメラを含むデバイス関連部門で16年度の約2倍の8千億円以上の売上高を目指している。成長が見込め技術も持つ分野で生産体制を整え、収益を広げる。

ベトナムにおいて太陽光発電所(メガソーラー)の建設を受注

シャープは、ベトナムにおける太陽光発電所(メガソーラー)の建設を、Thanh Thanh Cong Group(以下、TTCグループ)※2傘下のGia Lai Electricity Joint Stock Company(以下、GEC社)※3より受注しました。2月23日に、TTCグループおよびGEC社と現地にて調印式を行いました。
本発電所は、ベトナム北中部のトゥアティエン・フエ省に建設します。約48MW-dcの大規模出力で、年間予測発電量は約61,570MWh/年となり、ベトナムの一般的な家庭の年間消費電力量で換算すると、約32,628世帯分に相当します。
ベトナム政府は、太陽光発電の施設容量を2030年までに12,000MWに引き上げることを計画※4しています。当社は、本発電所の建設を契機に、ベトナム各地への太陽光発電所の設置を積極的に提案し、再生可能エネルギーのさらなる普及に貢献してまいります。
発電所の概要

※1 1世帯当り1,887kWhにて算出。
※2 不動産、エネルギー、農業、教育などを手掛ける複合企業。
※3 太陽光、水力、風力発電などの再生可能エネルギー事業の中核を担う、TTCグループ傘下の合弁企業。
※4 ベトナム政府が策定する第7次電力開発計画(PDP7)に、2011年~2020年の計画と2030年までのビジョンが示されています。
PDP7において、ベトナムの太陽光発電の施設容量を、2020年までに850MW、2030年までに12,000MWにすることが計画されています。
※5 1MWh当り0.333t-CO2にて算出。

≪20182/26 シャープニュースリリースからコピーした記事です≫

 

「ロケット・ササキ」死去 孫氏とジョブズ氏に残した志

少し長いですが佐々木副社長の逸話を新聞記事から抜粋してご紹介します。

元シャープ副社長で、同社を世界的な電機メーカーに育てた人物として知られる佐々木正氏が死去した。102歳だった。ロケット・ササキの異名で知られる敏腕もさることながら、「共創の哲学」を掲げて公私にわたり若手経営者を育てたことは今も語り草だ。
「佐々木先生との出会いがなければ今の私とソフトバンクはありません。私と弊社だけの恩人ではなく、日本の先端電子技術の礎を築かれた日本にとっての大恩人です」
ソフトバンクグルー少しプの孫正義会長兼社長は佐々木氏の訃報に接した2日深夜、こんなコメントを送ってきた。孫氏が大恩人と呼ぶのは決して大げさではない。事実、佐々木氏との出会いがなければ孫氏の成功もなかったかもしれない。話は40年前にさかのぼる。

佐々木正氏(右)は若手時代の孫正義氏を支え続けた

 

 

  • 「孫正義は私が保証します」
    1978年8月。21歳の孫氏は、むせかえるような暑さを気にも留めずに電話ボックスの中で受話器を握りしめていた。留学中の米カリフォルニア大学バークレー校から一時帰国していた時のことだ。
    在日韓国人3世として住所もない無番地で生まれ育った孫氏が「事業家になってここからはい上がりたい」という思いに駆られ、起業家としての第一歩を踏み出したのがこの時だった。大学教授を仲間につけて開発した音声機能付き電子翻訳機。その売り先を探して日本に帰ったが、まともに話を聞いてくれる大人はいなかった。最後の望みを託して電話をかけたのがシャープだった。
    大切そうに翻訳機を風呂敷から取り出す孫氏の目をじっと見つめた佐々木氏。「もう目がらんらんと輝いていてね。この子は何か違う、力になりたいと思いました」。それから40年近くがたち、記者の取材に応じた佐々木氏は昨日のことのように覚えていると当時を懐かしんだ。
    突然現れた学生に手をさしのべた佐々木氏。研究費として最大1億6000万円出すと言う。この資金を元手に、大学を卒業して帰国した孫氏が日本ソフトバンク(当時)を設立した。

それからも佐々木氏はこの若き起業家を成功へと導く。創業直後に孫氏が資金繰りに窮していることを知った佐々木氏は銀行幹部に電話を入れた。「孫正義という男は私が保証します」。すでに日本の産業界では広く知られる存在だった佐々木氏の懇願を耳にした銀行トップが、その幹部に孫氏への融資を命じた。もし佐々木氏の後押しがなければ、孫氏の野望はこの時にあっけなくついえていたかもしれない。
「実は私も妻に怒られたんですよ」と回想する佐々木氏。孫氏への融資を実現するためなら「自分の退職金と自宅を担保にしてもいい」とまで、銀行に切り出したのだと言う。
それにしてもなぜそこまで――。そう問うた記者に返した言葉は、ひと言だけだった。
「それはねぇ、かわいいからだよ」
この話を孫氏に直接伝えたところ、孫氏は感極まったような表情で語り始めた。
「佐々木先生は僕にとっては仏様のような恩人だ。だって僕はなんの見返りも提供していないんだよ。そんな僕の未来を信じて応援してくださった。その純粋さに、頭が下がるとしか言えないよ」
1915年(大正4年)に島根県浜田市で生まれた佐々木氏は幼くして台湾に渡る。京都帝国大学を出て真空管工場で働き始めるが、ほどなく軍の研究にかり出された。レーダーの技術を求めてシベリア鉄道でドイツに渡るが戦況が悪化。レーダーの設計図のコピーを手に、ドイツ軍の小型潜水艦「Uボート」で命からがら帰国した。この時、設計図の原本を持ち他の潜水艦で日本を目指した少佐はシンガポール沖で撃沈されて帰らぬ人となった。 拾った命とばかりに研究に没頭した佐々木氏はトランジスタの将来性をいち早く見抜いた。その佐々木氏の炯(けい)眼を認め、三顧の礼で迎えたのが早川電機工業(現シャープ)創業者の早川徳次氏と、同社中興の祖と呼ばれる元社長の佐伯旭氏だった。
シャープの技術陣を率いた佐々木氏はカシオ計算機との電卓戦争に打って出る。今ではスマホの一機能でしかない電卓だが、当時は電機産業のけん引役だった。手のひらに載るサイズを目指す開発競争は、半導体の猛烈な進化を呼び、それがテレビなど他の家電製品の技術革新を生むサイクルを築いた。まさに「電子立国ニッポン」誕生の起爆剤となったのだ。
この頃の佐々木氏に感銘を受けた米ロックウェル社の幹部が、同氏に一枚の絵を贈った。
シャープと書かれたロケットに笑顔でまたがるスーツ姿の佐々木氏。ロケット・ササキの愛称には、めまぐるしく変わるテクノロジーの先端へと常に挑戦する佐々木氏への畏敬の念が込められていた。

 

 

(佐々木氏の名刺の裏にはお気に入りのイラストが描かれていた)

 

 

 

  • ジョブス氏の目は「キラキラしていた」
    佐々木氏を頼った大物起業家は孫氏だけではない。その日のことも、佐々木氏はやはり昨日のことのように覚えていた。
    「妙な外国人がドクターと会いたいと言っています」。シャープの東京事務所にいた佐々木氏は、秘書からこんな連絡を受けた。佐々木氏に近しい人物は彼をドクターと呼んでいた。
    訪れたのは若き日のスティーブ・ジョブズ氏だった。身なりはひどいものだった。ボサボサの長髪でTシャツにジーンズ。足元はサンダルだった。しかもソファに座るなりあぐらをかく。この当時、ジョブズ氏は自ら創業したアップルを追放されていた。
    「(次の事業の)アイデアを求めてあなたに会いに来た」と言うジョブズ氏。佐々木氏は信条である共創の哲学を、この米国人青年実業家にも説いた。「身なりは汚いけど目の力がすごかったんだよ。彼の目も孫君と一緒。もう、キラキラしていたなぁ」。ジョブズ氏が佐々木氏の言葉をヒントに生み出した代表作がiPhoneだ。ネットと電話を「共創」させてコンピューターを手のひらに載せたiPhoneは文字通り世界を変えていった。
    佐々木氏の薫陶を受けた2人の起業家の人生は後に交差する。米オラクル共同創業者のラリー・エリソン氏が、米シリコンバレーにある自宅の庭園で孫氏とジョブズ氏を引き合わせた。満開の桜の下で語り合ったという2人はすぐに意気投合する。
    孫氏が2兆円で英ボーダフォン日本法人を買収し携帯電話事業に参入した際には「最強のモバイルマシンを作れるのはあのクレージーな男しかいない」と考えてジョブズ氏の自宅を訪れる。言うまでもなく「クレージー」は孫氏にとって最大級の賛辞だ。
    その時、「マサ、これを見たらお前、パンツに漏らすぞ」と言ったのが初代iPhoneだった。孫氏はジョブズ氏が作ったiPhoneを独占調達して王者NTTドコモに真っ向勝負を挑んだ。
    佐々木氏は老境に達しても最新の技術動向に関心を持ち続けていた。

                                                                             (2016年11月、兵庫県内の施設にて

  • 老境に達した佐々木氏は兵庫県・塚口の施設で静かな余生を送っていた。記者が会ったのは1年余り前のこと。佐々木氏はすでに101歳になっていたが、新しいテクノロジーの誕生に胸を躍らせる感性はロケット・ササキと呼ばれた往年の頃となんら変わっていなかった。記者に新型半導体開発の記事を見せ、喜々として「これ、面白いだろ」と語る。その記事を掲載する雑誌の表紙を飾っていたのが、孫氏の写真だった。
    「孫君はまだまだ挑戦していくんだ、戦っていくんだ。あの頃と何も変わっていないな」
    そう言いながらまな弟子の写真に目を落とす佐々木氏の表情は、とても誇らしげだった。

〔 日経電子版(杉本貴司)から抜粋 〕

佐々木正元副社長が死去されました、謹んでお悔やみ申し上げます。

小型電卓の開発者で、現役中大変お世話になりました元シャープ副社長の佐々木正(ささき・ただし)氏が1月31日午前1時19分、肺炎のため死去(102歳)されました。

お別れの会を行うが日取りなどは未定。
島根県出身。1938年京都帝国大(現京都大)卒後、川西機械製作所(現デンソーテン)を経て、64年に早川電機工業(現シャープ)入社。83年に副社長に就任されました。
産業機器事業草創期に電卓開発に着手、省電力のIC、表示装置として液晶を採用。シャープの中核事業の液晶技術の礎を築き。営業面でもライバルのカシオ計算機との「電卓戦争」を陣頭指揮して我々の世代を導いていただきました。
米社と共同開発した電卓用の大規模集積回路(LSI)が宇宙船「アポロ」に使われ、71年に米航空宇宙局(NASA)から「アポロ功績賞」を授与されました。また、アイデアが早く先に進むことから「ロケット・ササキ」との異名を取り、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の若き時代に支援をするなど、後進の育成にも力を注がれました。

佐々木正元副社長に 合掌・・・